サイクルステーションを出発してすぐの長い坂を下り終え、左に曲がると、今度は平らな直線を進みます。左手を見ると、今まで後ろにあった八ヶ岳が長い稜線を見せています。全長約25kmにわたる日本アルプスに次ぐ長さ、標高も3000m近い立派な山並みです。
一番前方の編笠を伏せたような形は編笠山、一番高く見えるのが阿弥陀岳です。原村からは八ヶ岳最高峰の赤岳を隠すようにそびえています。一番後ろで富士山が丸みを帯びたような形をしているのが蓼科山です。その間にもたくさんのピークがあるために八ヶ岳の名になったようです。実際にはピークの数はもっと多いのですが、8つの峰はどこかと聞かれたら、標高2600mを超える赤岳、阿弥陀岳、権現岳、横岳、硫黄岳、西岳までは異論がないかと思います。
残りひとつは、連峰の北に位置し、天狗が羽を広げたようなシルエットを見せる天狗岳という方が多いのですが、深田久弥の日本百名山によれば、「峰の松目」が挙げられています。昔は夜行列車で小淵沢に着き、八ヶ岳の稜線を縦走して、夜、茅野から日帰りする健脚な登山者もいたようです。原村からならば、別荘地終点の美濃戸から歩き始めて、最高峰の赤岳にも十分日帰り登山が出来ます。
ところで、この八ヶ岳、E-CHARI QUESTが進む前方から左手方向は険しい岩山ですが、後方は丸みを帯びてなだらかです。これは山が出来た年代の違いで、前方は古く、後方が新しいためです。古い山ほど凍結溶解と風雨の侵食で表面が削られて、谷が深く鋭くなるのです。八ヶ岳は大きく3回の火山活動で出来たと言われていますが、天狗岳より前方(南側)は約50万年前、それより後方は約10万年前頃に活動したと考えられています。
蓼科や霧ヶ峰がなだらかなのは流れ出た火山岩がそのまま残っているからで、アニメに出てくるような苔むした森は、ごろごろした岩の上に木が根を張って出来たものです。過去1万年以内に火山活動した山を活火山と呼びますが、北八ヶ岳の横岳は地形図上でも山頂の北西に噴火口があることがはっきりとわかる活火山です。
昔、富士山と八ヶ岳が背比べをし、負けて怒った富士山が八ヶ岳の頭を叩き潰した、という話を聞いたことがありませんか? この話、まんざら嘘でもないようで、20万年ほど前までの八ヶ岳は今の中岳を中心に3,400mほどあったそうです。当時はまだ富士山が出来る前だったので、日本最高峰だったのかもしれません。しかし、その後、八ヶ岳は山体崩壊を起こし、大量の岩が甲府盆地まで流れ下ったそうです。私達が今踏んでいるのは、昔の八ヶ岳(その頃のピークは8つなかったようですが)の頂上なのかもしれません。
ところで、こうしてできた八ヶ岳山麓の高原ですが、縄文時代の遺跡が多いことでも知られています。今から1万5千年ほど前、氷河期が終わると、今よりも平均気温で1℃~2℃暖かい時期がありました。暖かい気候と豊富な水を利用し、作物を作りやすくなったので、人々の生活も狩猟採集から耕作中心に変わっていきました。耕作することとは、一定期間同じ場所で田畑を守り、保存できる食料を得られることを意味しますので、気候の良い八ヶ岳山麓にはそのころから多くの人々が定住生活を始め、遺跡として残ったのだと考えられています。
E-CHARI ガイド
岡田Ken Geocada(ジオさん)/旅好きサイクリスト
知らなかった曲がり角、地元の人達の暮らし、出会う人の表情。目的地を目指して車を飛ばしていたときには気付かずにいたものに出会う…。そんなぜいたくな時間を自転車で楽しみましょう。